2014/7/31
諦め
年齢を重ねるにつれて、どんどん色んな事柄から自由になっていくような気がしています。
20代のころには、とにかく「こうあるべき」という形があって、それから外れると過剰に反応して、イライラしたり怒ったり。
今思えば、自分の中のルールが厳しすぎて、自分で自分を追い込んだりすることもあったのかも。
今43歳。人生のちょうど半分を迎えということをよく思います。 40すぎた辺りから、様々な身体の変化を感じるようになりました。 若い頃のように、無理が効かなくなってきているのをひしひしと感じます。笑 この変化「よく聞いてたあれって、これか!」と気付くと、なんだかそれが面白い。(「これか!」については、直接聞いてください。笑) あまり悲観する事もなく、それをじっくり観察するのがむしろ楽しかったり。 いよいよ迎える更年期も、どんな感じなんやろ、ってセミナーに行ったり本を読んだり。 最近「諦め」という言葉がよく浮かんできます。 私にとってそれは全然ネガティブなイメージではなく、ほろ苦さを伴いつつも、よいイメージ。 若い時にあった、わけのわからない焦燥感、執着からどんどん解放されて、楽になっている感じが心地よい。という状態を表すのにピッタリな言葉。 「諦め」という言葉。 一般的には、自分の願いが叶わない、思いを断ち切るというよにどちらかというとあまりよくない言葉。もともとは、仏教用語から来ていて、「つまびらかにする」「明らかにする」といったように、真理を観察して明らかにみるということだそうです。 仏教での「諦」という字は、真理、道理。
物事の道理、真理、意味がわかったうえで、自分の願望がどうして達成されないかがわかって、納得して断念する。諦める。 意味もわからず、執着したまま「あきらめる」と悔いが残りますが、納得のうえで「諦める」のであれば、清々しい感じがします。 経験も浅く、初めてのことにワクワクすることが多かった若い頃。 楽しかった反面、何事も「あきらめ」るのは悪いことで、とことん頑張らないと。 と、多くのことに執着し、苦しい思いや悔しい思いもたくさんありました。 歳を重ねて、多くのことを経験し、やっと物事を「明らかに」にして「諦める」感情を味わえるようなって、少し楽になってきました。 と書くと、いつも平常心。道理をわきまえた大人。 と言った感じですが、まだまだ全然です。笑 情熱は持ちつつも、すっきりと「諦め」られるようになっていきたいものです。 こよみcategory: ・その他